雨よりももっと 2

 雨よりももっと 1


凄まじく陰鬱な葬儀だった。
石上真子、通称『ママ子』の葬儀は、彼女の自宅で、しめやかに行われていた―――とは、到底言いがたく。いや、客観的に、事実だけを見ればそう言えるだろう。とても『しめやか』に葬儀は進行している。黒いスーツに身をつつんだ人たちが、さして悲しそうな顔をすることもなく、儀礼的に悲しみのペルソナを身にまとい、進む葬儀は淡々と。両親も、喪主として立ち上がるまで、僕は縁の遠い親族かなにかだろうと思っていた。スピーチで確信した一抹の違和感。どうにもこの葬儀は『しめやか』すぎるのだ。そうこうしているうちに僕に順番が回ってくる。
焼香をあげる。
さして僕も何かしがの感情を石上真子に持っていたわけではなかった。どこの学校にも一人はいるであろう、不良ではないが素行不良で、あまり学校の内部には溶け込んだ感じではない女の子。とり立てて話に上るわけでもない。石上はそんな女子だった。
白木の棺に彼女が横たわっている。とても奇麗で、死んでいるとは思えない。青白い唇と、左の頬に浮かんでいる痣以外には、死を感じさせるようなものは見当たらない。首から下は巧妙に花束で覆い隠されていて。前の女子が置いたであろう寄せ書きが妙に浮き上がって見えた。
彼女の風評は、とても良いとかいえるものじゃない。援助交際に手を染めていた、テレクラから出てきたおじさんと制服のままで合流した、体育の日比野とデキていた、それをB組の女子が学校内で目撃した、ヤンキーの番を張っていた、…様々なものがあったが、概して性風俗がらみの噂が多かったと言える。そしてその噂はある意味では現実のものとなった。三日前、とある、ラブホテルの一室で彼女の死体は発見されたのだ。この三日、学校ではその話でもちきりだった。死体には噛み千切られた跡があっただの、バラバラ死体だっただの、不倫関係のほつれから殺されただの、ケータイサイト『スターゲーム』で取り付けた援助交際相手がネクロフィリアだっただの、そんな噂がまことしやかに囁かれていた。噂はもはや、ブラックジョークの様相を呈していた。
そう、そうなのだ。
彼女の死は、ジョークと同義だったのだ。彼女はたぶん、いや、確実に、その、あれだ、「いじめ」の標的であった。露骨な攻撃は少なかった。だが、確実に、彼女はクラス内でも孤立していたし、昼休みになると姿を見ることはなかったし、近距離で露骨に陰口を言う女子のグループを見たこともある。それは少なからず、彼女の醸し出す「私は貴方たちとは違うのよ」的な異質物オーラのせいであったろうし、大事なことは、そう、僕のせいではない。止めなかったのは不可抗力だ。自衛のためだ。決して、そんなことは。
自分の場所に戻る。
次の焼香は、ちょうど悪口を言っていたグループの女子だ。また、寄せ書きを置く。場所は、胸のあたりに、少し、花を色紙でどけて。…ああ、そうか。体の傷を確認しているのか。死に装束で包まれた彼女が、少しだけ、ほんの少しだけ、可哀想に思えた。今まで何も思わなかった自分なのに、今になって、突然こんなことを思うなんて。死んでからも話題のタネになるの、か。ほんとに今更、ひどく切なくなって、僕は空を見上げた。四月終盤の夜の空は割りと澄んでいて、奇麗に夜空の星と、それに覆い被さる雨雲が見えた。少し肌寒くて、微妙に空気は湿気っていて。…瞬間、その思いを察知したように、しとり、しとりと、小雨が降り出した。悪態をついている声が聞こえる。僕は少し手で雨を受けた。徐々に強くなっていく雨。大きな雨粒だ。
石上が泣いてんのかな。やりきれなくて。
そう思って、僕は、どうにも切なくて、背骨に感じる後悔と罪悪感を押さえ込むつもりで、ぽとりとつぶやいた。簡単な懺悔の言葉を。


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